Nobuyuki Takahashi’s blog

2009年 11月のアーカイブ

アンケート調査

2009年 11月 18日

昨日、今日とスタッフ泉が中心になってメンバー数人を募ってアンケート調査に出ている。昨日は小牧市民病院、今日は足助病院だ。アンケート調査は現代GPの申請時から組み込んであった重要な取組みの1つである。美術を鑑賞し、体験した時に生じる感覚は様々だが、その感性的な評価をより詳細に分析し、病院内で美術・デザインがどのように体験されているのか、どのように感じられるのかを捉える。感性的評価を定量化することで、病院に美術・デザインの取組みが成されることのエビデンス(科学的根拠)に迫ろうとする試みだ。名古屋大学の川口潤教授と北神慎司准教授にコンサルティングに入ってもらい、約2年をかけて作って来たアンケート。私たちにとって、そして病院にとっても有益な結果が得られることを期待している。
「そもそも、美術・デザインを数値の世界に置き換えることが間違っている。」そんなことはいつでも誰でも言えることだ。だからこそ、挑戦する価値はある。まだ分析結果はこれからのことだが、その結果に振り回され過ぎないことも今から肝に銘じておかねばならない。

今も変わらない

2009年 11月 15日

彼が描いている。私も描いている。

彼が描いている。私も描いている。

私は、物にまつわるエピソード、背景が常に気になっていた。物には大抵は名前がついているし、役割を担っているから説明がつく。極めて個人的で、感情的なことだが、その物が単なる物でなくなるということが起こる。それが世に出回っていて他の誰かも使っているはずの生産物であっても、私にとって特別の意味を持って語りかけてくるのだ。それは私しか感じないかもしれないが、その物を私が見れば、それにまつわる想い出やイメージ、音、空気感、臭い、味わい、肌合い…ありとあらゆる感覚が鮮明に再現される。
浪人時代のデッサン課題で、よく組みモチーフを描いたが、デッサンとして表現される画面構成とモチーフの位置関係、正確なかたちの描写、質感の表現など、基本的におさえなければならないことは理解していた。でも、それを「なぜ描かなければならないのか。」という疑問はついに消えることはなかった。繰り返される鍛錬を通し、ある意味でそれは気づかされたことかもしれない。私はある日から彫刻の制作に傾倒していく。
粘土で友人の首像をひたすら作り続けた。私と友人の関係は変わることのないかたい友情によって結ばれているが、日々些末な日常の大半の時間を共有すると、そのゆらぎも感じ取れるようになる。そのゆらぎが作品に反映される。少なくとも「なぜ彼を作らなければならないか。」という疑問はどこにもなかった。彼と私のあいだに現れる「彫刻」は完成しなくともよかった。関係の往来を見極めながら、私は自身の存在を強く意識できた。
物が物、人が人としてくっきりと切り抜くことはできない。社会的規範や常識の範疇、事物のフレームにおさめても、そのものすべてを語ることはできない。私たちが認識しているのは部分でしかないのだ。当時明確に言葉にできなかったけれど、青春期の闇のなかで、その小さな営みに一筋の光を感じていた。
今も変わらない渇望。こうして始まった制作をめぐる旅はずっと続いている。




happy birthday Misa!!

2009年 11月 13日

3年前の今日、娘は生まれた。朝の日差しが分娩室全体を包み込んでいた。そして名前は美朝と名付ける。
17:00 大学を出発して帰路へ。こんな時間帯に帰ることはめったにないことだ。どの道もスムーズに通してくれない。ラッシュアワーを久しぶりに体感する。
18:30 息子慧地が通う小学校が展覧会を開いているので、見に行く。小学校は選挙の投票所にも使われているので入っていくときの違和感はそれほどでもない。たくさんの人々が体育館を目指して歩いている。私も流れに乗って体育館に行くとー。入り口で壁一面に描かれた顔、顔、顔…。体育館の中に入るとさらに圧倒される。体育館の空間は小さい空間ではない。そこにほとんど隙間なく作品が飾られている。なんともすごいエネルギー。この感じは大地の芸術祭で廃校を作品に仕立てていた田島征三の「絵本と木の実の美術館」に近いものがある。
慧地の作品は「としよりてんぐロボット」。慧地はじいちゃんがだいすきだ。じいちゃんは慧地の中ではスーパーマンだ。その世界観がよく現れている。なんか、すごくうれしい。きっと、大島で出会った入所者の皆さんも慧地の中ではスーパーヒーローなのだ。
会場を後にしてほかほかした気持ちのまま自宅に帰る。
玄関のドアを開けると美朝がかけよってくる。「お誕生日、おめでとう。ハニーとカッカのところに生まれて来てくれてありがとね。」
食事の後はケーキを家族でほおばる。私は胃腸が弱っているので、奥さんがマクロビオテックのケーキを作ってくれている。お砂糖は一切使わず、素材の甘さを活かしたもので、生クリーム部分は豆腐から作られている。これならばお腹を壊すことはない。そして、今回忘れてはならないのがサツマイモ。河合正嗣さんのお宅に行った時にいただいた、河合家で育てられたサツマイモだ。中のババロア部分とトッピングにたっぷりと「河合イモ」が使われている。正嗣さんのお父様も太鼓判の「河合イモ」は最高!!天然の甘みは味わい深く、とてもやさしい。
大学時代の友人から電話が入る。まるで自分たちのことのように美朝の誕生日を喜んでくれている。ありがたい。また1年力一杯生きようね。美朝。

展覧会会場入り口は圧巻

展覧会会場入り口は圧巻

慧地作「としよりてんぐロボット」

慧地作「としよりてんぐロボット」

すごい熱気に包まれた小学校体育館

すごい熱気に包まれた小学校体育館

河合家のお芋を使ったタルト

河合家のお芋を使ったタルト

お別れ

2009年 11月 11日

昨日のことだ。私のもとに連絡が入り、急遽病院へ。大変お世話になった方が集中治療室に入ったと知り、予定していた小牧市民病院での試作検討をスタッフに任せて病院へ走る。

今日の夕方だ。その方は亡くなられた。いつもお会いすると元気づけられるばかりで、とうとう私の方から元気づけることはできなかった。
この恩に報いるためには今自分が取り組んでいることを精一杯やることだ。そう言い聞かせる1日。

フィルムで撮っておきたい

2009年 11月 9日

大島から見た海

大島から見た海

私はフィルムで撮った写真の空気感が好きだ。デジカメにみられる、事物の表面をスキャンしたかのようなシャープな画像とは明らかに趣が違うものだ。光を受けた受像信号を一所に集めて情報化するデジカメのほうがより人間の「目」に近いと思うが、フィルムは光の刻印を焼き付けて再現する、「記憶」に近いのかもしれない。
最近撮ったフィルムから2枚を紹介しよう。どちらもフィルムで焼き付けたかったシーンだ。

十日町病院での最後の研究会にて

十日町病院での最後の研究会にて

自由につくるということ

2009年 11月 8日

息子慧地が段ボールでつくった人形

息子慧地が段ボールでつくった人形

こどもたちといっしょにいると、ふとした瞬間に私の中にいる「こども」を発見する。それさえも冷静に見ている自分がいるのだけれど。

アンケート調査

2009年 11月 6日

大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ2009に参加し、閉幕の9月13日からすでに2ヶ月が経とうとしている。大学内にいると、「少しは落ち着きましたか。」「ちょっとはゆったりできましたか。」と訊ねられることが多い。私個人のことで言えば、トリエンナーレ前、トリエンナーレ会期中と続き、全く同じペースで仕事をしている状態。

芳賀が制作した「?はてなクッション」はほんとに?

芳賀が制作した「?はてなクッション」はほんとに?

昨日はスタッフ井口と今年度末に発行する予定の記録誌の打ち合わせを行う。内容は濃いものとなるが、当初の予定である80ページは大きく越えそう。今日は足助病院に行き、アンケート調査のお願いにうかがう。約2年をかけてアンケート調査の方法から分析に至るまでの研究を重ねて来た。名古屋大学の川口潤教授と北神慎司准教授にコンサルティングにはいっていただきながら、暗中模索で進めて来たものが、ようやく形になりつつある。小牧市民病院のアンケートボックスで地道に集めた300件の自由記述をデータベースに載せ、解析ソフトによって感性的な評価にかかわる要素を抽出した。そこから、心理学のSD法に近接している形容詞句が浮かび上がり、急速にアンケートの内容が決まって来た。このアンケートを困難にしているのは、病院の患者さん、病院職員さん、お見舞いなどの病院に様々な理由で来る方々すべてが対象になること、アンケートの時間をできるかぎり短くして煩わしさをなくすこと、そして、どの病院でも同じ条件でアンケートが行えることなどの諸条件だ。各病院をまわってリサーチしてみると病院内でのセクションの分け方は一様ではないことがわかってきた。職種の分け方も微妙に違う。こうした病院内の現実に則したものでなければ、正確なアンケートができないし、場合によっては失礼にあたってしまい、アンケートに答える気持ちがスポイルされてしまう。私は何度か「アンケートはできないのではないか。」とあきらめかけたが、スタッフ泉の忍耐強い調整で、あともう少しというところまでたどり着けた。
このアンケートは職員さんだけで3病院合わせて1500件、患者さんなどに300〜400件という膨大なデータ数になる予定だ。まだまだやさしい美術の実験は続く。

紅葉

2009年 11月 4日

紅葉バージョンのMorigami

紅葉バージョンのMorigami

めっきり寒くなった昨今。これだけ急激に冷え込めば紅葉の色づきがかなり期待できる。
11:00 Morigamiをデザインした、デザイナーの井藤由紀子がプロジェクトルーム来訪。今後のMorigamiの展開について話し合う。実はすでに小牧市民病院では紅葉バージョンのMorigamiを納品。2日に様子を見て来たばかりなので、紹介しよう。
あたらしいMorigamiのデザインも検討しているところ、Morigamiファンの皆さん、お楽しみに!

河合正嗣さんと語らう

2009年 11月 2日

16:15 授業後、自家用車を走らせ、豊田市の旧下山村へ。遅くなってしまったが、河合正嗣さんに作品を返却に行くためだ。メンバーに声をかけたが、借りに行く時と同様私と川島で行くことになった。
17:30 河合正嗣さん宅に着く。お父様とお母様が明るく出迎えてくれる。十日町病院とやさしい家に展示した「110人の微笑む肖像画」全53点を返却する。
その後は正嗣さんとの談笑を楽しむ。作品論、社会とアートの関係など話題は創造性についてだ。
河合正嗣さんはデュシェンヌ型筋ジストロフィーという先天性の病気により、全身の筋肉が萎縮していく病気を患っている。彼の描く作品は病気とは別の地点にあるとも言えるし、切っても切れない関係にもある。なぜなら作品にはかならず「身体性」が投影されてくるからだ。身体はもちろん「姿形」に限定されるようなものを指しているのではない。人間の身体は意識の置き場によって、社会性の中に見出すことができるし、情報のネットワークにも捉えることができる。逆説的に私たちの身体は「見えない」時代なのかもしれない。不可視の身体が肉体的限界の外にあることも、あり得るのである。
偶然だが、河合正嗣さんは宮島達男さんの作品について話し出した。私がもっとも影響をうけ、尊敬しているアーティストの一人だ。正嗣さんは宮島さんの作品の根幹にある、強靭なコンセプトを的確に捉えていた。私はさらにそのコンセプトが制作のプロセスにまで徹底されていることを説明すると、さらに腑に落ちた様子だった。宮島さんのデジタルカウンターの作品はそのほとんどが業者に発注してできあがっていく。それは肉体を持った自己の境界を乗り越えなければ、到達できない境地だ。宮島さんの作品は美しい。しかし、そこにはアーティストの手によってすべてが創造されている、からこそ美しい、という幻想をいとも簡単に突き崩す。宮島さんの作品は宮島さんの作品でありながら、自律している世界そのものとなって私たちの目の前に現れるのだ。観るものはそこに自分の意識を投影し、それを、観るのだ。
河合正嗣さんはこのことをよく理解している。だからこそ、彼の作品は彼の手によって描かれなければならない。しかし、正嗣さんの中ではすでに、作品が作品として成立する状況のすべてを自分でコントロールしようとは思っていないのかもしれない。私が発案したものの、今回の十日町病院とやさしい家の展示をやさしい美術プロジェクトに委ねたことは彼にとって新しい挑戦なのだと感じる。
お母様が食事を作ってくれる。ご飯と鮎の甘露煮、サツマイモの天ぷら、お手製の漬け物などなど…。なんとすばらしい食感の嵐!お米が香ばしくて、美味しい。一瞬新潟のお米を想起する。思わず口をついて出てしまったのだが「このお米、おいしいっ。」聞けば、お父様のつくったお米だそうだ。これまでは農協のライスセンターに出し、他の人が作ったお米といっしょに出荷されていたそうだが、昨年ぐらいから河合家オリジナルのお米のみで出荷しているそうだ。そのお米にありつけたわけである。お米は毎日食べている。お米の味について日記なんか書けるわけない。でも、今日は書ける。ほんとに、めちゃくちゃおいしかった。お母様の炊き方もすばらしいのだろう。
食後は川島の作品をパソコンにダウンロードして正嗣さんに観てもらった。川島は正嗣さんを尊敬している。尊敬しているアーティストから感想が聞けるので、うれしさと緊張で顔が赤く高揚している。
河合正嗣さんは気道切開し、24時間人工呼吸器の生活だ。心臓にはペースメーカーも入っている。でも話していると、そんなことは全く感じられなくなってくる。アートのことを考え、この世界のことを感じ、共有し、今を生きている大切なアーティスト仲間。自然に流れる会話が楽しかった。
20:00 再会を約束して河合家を後にする。今度は家族を連れて会いに来たい。