Nobuyuki Takahashi’s blog

2010年 1月 3日のアーカイブ

継続すること

2010年 1月 3日

やさしい美術プロジェクトを特徴づけていることに「継続する」ということが挙げられる。平成14年の春、私は愛知県厚生連足助病院の早川院長とお会いして病院と美術・デザインとの協働プロジェクトを提案した。当時の私の提案は「どのような作品をいつまでに展示する」という内容が全く盛り込まれていなかった。依頼され制作し設置して完了する一般的な委託制作とは異なり、着地点を設定せずにスタートを切った本取り組みは、期せずして継続性を含み持っていた。
私の呼びかけで集った学生有志による創立当初のやさしい美術プロジェクトがまず着手したのは病院利用者をインタビューすることだった。そのプロセスによって私たちは想像をはるかに越えたインスピレーションを得ることになる。各病室をまわり、病院利用者とじっくりお話しすることによって院内の空間や環境を知る以上に「生きること」「死ぬこと」に直に触れ、「痛い」「苦しい」「辛い」「悲しい」といった数えきれない感覚と感情に出会い、自らの内に共振する情感を発見したのである。この他者に自分自身を重ねる姿勢はやさしい美術プロジェクトの創立時から現在まで脈々と受け継がれている。
やさしい美術プロジェクトのほとんどの参加メンバーが卒業するまで在籍し、なかには卒業後も活動を続けている者もいる。一つの作品が現場で活用されながら何年もかけてリファイン、リメイクを繰り返すこともめずらしくない。一旦完成した作品も現場によって鍛え上げられ、そこにあることの意義を深めながら存在し続けるのである。
地域と連携を深め、地域の中核にある病院というビジョンを得たやさしい美術プロジェクトは、環境を「壁」「窓」「廊下」などのハードとして捉えるのに加え、「感覚」「感情」「身体」といったソフト面に着目してきた。その成果は有形の作品に対して、無形のイベントを創出するワークショップや参加型プログラムに結実して行く。自然のダイナミズムや季節の移ろいが感じられること、現地の文化がさりげなく取り入れられ地域に開かれていること、院内の時間を有意義に過ごすこと…。これらの発想の背景にあるのは何度も現地に赴き取材を重ねるうちに体得した「無いもの」「失われたもの」への眼差しだった。こうした長期にわたる協働の成果は病院のみにとどまらず他の施設での取り組みに活かされて行く。
やさしい美術プロジェクトは地域の障がいを持った子どもたちの通園施設である発達センターちよだにて造形ワークショップに取り組んでいる。対象は学齢の自閉症などの発達障がいを持った子どもたちである。発達障がいと言っても一括りにできるものではない。施設職員と綿密に連携し、それぞれの個性に合わせて素材の出会いをつくり、様々な感覚のバリエーションを開発している。
新潟県立十日町病院での取り組みは文字通り「地域に開かれた病院」を創出して行くものである。準備の2年間は幾度となく現地を訪れ、春は田植え、秋は稲刈り、冬は雪掘りに汗を流した。これらの体験は十日町病院での取り組みの要となる構想、空き家活用プログラム『やさしい家』を実現に向かわせた。『やさしい家』は十日町病院に程近く、南側窓に立てば十日町病院の病棟を一望にできる。公開期間の約50日間、そこにやさしい美術プロジェクトの参加メンバーが多い時で20名、平均して4〜5名が常駐した。常駐者は朝起きて病院に行き、展示中の作品を見回り、展示替えを行う。問題が生じると病院から連絡が入り、すぐさま対応に向かうことができた。加えて『やさしい家』で行われるワークショップや参加型プログラムの成果は鮮度を保ちながら十日町病院に届けられたのである。まさに病院の日常に私たちの活動があった。『やさしい家』には遊びに来た子どもたちの笑い声が絶えなかった。ご近所から漬け物や煮物の差し入れをいただいたのも一度や二度ではない。『やさしい家』は病院に隣接したコミュニティースペースへと成長したのだ。
医療福祉施設で取り組まれる美術・デザインの活動は徐々に市民権を得ている。しかし、「無いよりは在るほうがいい。」と言うのではあまりにも心許ない。「美術・デザインは病院に必要か。」という問いに私たちは確固たる根拠(エビデンス)を持って答えるべきなのだ。
その問いに答えるべく定量的な指標の作成を本取り組みに組み入れたのは「継続すること」に活力を与えるためである。
継続することでやさしい美術プロジェクトの活動は深化を遂げてきた。いずれの作品も実施した企画も完成を見たと同時にそこを出発点に次の取り組みに向かっていく。言わば着地点のない営みを繰り返し刷新しながらそこに居る人々の意識に変化を与え、また作り手も現場と密接な関わりを持って変化してきた。本記録誌を通して双方の変化の推移が描くスパイラルの軌跡を感じ取っていただければ幸いである。
やさしい美術プロジェクトディレクター 高橋伸行

※本文は今年度末に発行する記録誌の冒頭に掲載する文章の草稿です。