Nobuyuki Takahashi’s blog

2010年 2月 24日のアーカイブ

平成21年度 活動報告会 ボイスとやさしい美術

2010年 2月 24日

9:00 プロジェクトルームに到着。スタッフ佐々木もゲストの外部評価委員からの連絡に備え、出勤。学内評価委員との打ち合わせのための準備を進める。学生、スタッフも集合。最後までリハーサルを重ねる。イベントはどれだけ準備を周到に行ったかが鍵となる。
11:00 学内評価委員を依頼した東中雅明(グラフィックデザイナー、名古屋造形大学准教授)と日比野ルミ(美術作家、名古屋造形大学准教授)両氏に集まっていただく。
評価のシステムは、枠組みと階層に分けて行うものだ。プロジェクト型の教育プログラムに参加する学生の評価は通常の成果である作品のみを評価の対象とするのでは充分ではない。また、マネージメント、プロデュースといった様々な局面で対処していく、いわば「縁の下」の仕事をも丁寧に評価していくことで、活動に携わるすべての学生が正当に評価されていくことを目指している。
「枠組み」は1.個人の取り組み、2.ワーキングチームによる取り組み、3.ワーキングチームの連携を含めた全体の運営の取り組みで評価する。芸術系大学では個人の制作に集約されることがほとんどであるが、実際の社会活動は様々な役割の連携で成り立っている。そこで現実モデルに近いプロジェクトに照らし合わせ、学内の閉じられたプログラムの盲点を補うことも意図していることを加えて述べておきたい。
次に「階層」であるが、1.学生同士がミーティングで評価する、2.学生の取り組みのプロセスのすべてを把握している取組担当者(ディレクター)が途中経過を評価する、3.大学の正式な機関であるプロジェクト教育研究委員会で検討し決定した「評価委員会」を編成し、活動報告会における学生の発表を採点評価と文章批評の評論文とで評価する。今回の活動報告会は成果発表であるだけでなく、3.の評価を行う場でもあるのだ。せめて年に一回の活動報告会、全学の教職員が現場でがんばってきた学生の成果を見つめる機会をつくるというねらいもあった。
さて、解説が長くなってしまったが、学内の評価委員の教員と相談し、評論文を担当する学生の取り組み、採点評価の事前の打ち合わせを行う。私は活動報告会のねらいをしっかりと評価委員全員に伝えて来たつもりだ。それが伝わったのだと思う、評価委員の方々は事前の学生の資料をしっかりと読破しておられた。この時点で私はとてもうれしかった。スタッフも苦労して学生から資料を集めている。その労力がこうして実を結んでいる。
一旦学内評価委員のミーティングを終え、学外から招聘している外部評価委員の方々を待つばかりとなる。食事が喉を通らない。私でさえそうだから学生はなおさらだろう。むりやりおにぎりを腹に押し込む。
12:30 外部評価委員の山本和弘さん(栃木県立美術館シニア・キュレーター、国際美術評論家連盟aica会員)、続いて鈴木賢一さん(名古屋市立大学大学院芸術工学研究科教授、工学博士、建築家)が来学。15:00ごろには足助病院院長の早川富博さんが来学される予定だ。今回の活動報告会の開催主旨を含めた進行方法などを短い時間のなかで説明する。
13:00 活動報告会を開会する。
司会はリーダーの古川。人前で話すことは得意ではない。でも、彼の積極性と誠実さは少なくとも私とスタッフ、メンバーが認めているところだ。心の中で「がんばれ!」とエールを送る。
活動報告会の内容は 「その他の活動」 平成21年度活動報告会開催 を参照願いたい。
一言で言えば、現代GP補助事業の最終年度の報告会にふさわしいものとなった。これまでの2回の報告会では、学内で様々な意見をいただき、改善をはかったが、私が聞く耳を持たなかったこともある。それは学生の手で開かれる報告会であること。失敗も自身の成果と受け止め、学生自身が自覚的に次なる目標に向かっていくことが大切だと考えた。イベントとして大学の見識に見合う成功は手を尽くせば可能だ。しかし活動報告会だけは体面よりも学生の実感を最優先した。これはどのような批判があろうとも私が死守したことだ。作品、取り組みの姿勢、発表、すべてにおいてこれまでの最高レベルだと確信する。失敗—成功、上手い―下手ということを越えて、ひとり一人が「等身大で最善をつくす」ことが軸のぶれない報告会となった要因だと思う。私がメンバーに教えたことはほとんどない。しかし、常に最善をつくすことはしつこく説いてきた。もっとできるのに、手前のところでくすぶっているメンバーの姿勢を見るとその場で強く迫ったものだ。やさしい美術プロジェクトのメンバーは誰にも強要されず、自らの意志で参加している有志の集まりである。だからこそ、その姿勢はしっかりと貫かれている。意気込みが評価委員の心を捉えたにちがいない、採点評価について「評価が難しい。」という意見が大多数だった。相対的にならざるを得ない「採点」について今後綿密な検討と改善が必要だ。
評価委員のコメントは学生の取り組みを尊重する意見が多く、また時には専門の立場から厳しく問う場面があり、それに真摯に向き合う学生の姿が、さらにまぶしかった。
全員の発表の後、私からアンケート調査・分析の報告を行った。病院と美術・デザインのコラボレーションによって、病院の感性的な評価はどのように推移するのか。可能な限り定量的なデータに基づいて分析し、結論を導いていった。コンサルティングを担当した川口潤さん(名古屋大学大学院環境学研究科教授)、北神慎司さん(名古屋大学大学院環境学研究科教授)の協力なしには到達できなかった結論。申請書を書いていた2年半前では想像の域を脱しなかったが、気がつけば、今私たちはここにいる。外部評価委員の山本和弘さんはこの分析結果を聞き、おどろいていた。病院での美術・デザインの取り組みを数値化して評価する重要性を説いて来た本人だからだ。とはいえスタートラインにようやく立てたというのが私の率直な感想である。
最後にこの現代GP選定事業の2年半を振り返り総括の時間をいただいた。この一月何種類もの発表材料をそろえ、準備を進めてきたが、私が最後に発表したのは、メンバー、スタッフ、病院職員、地域住民と過ごしてきた時間、すなわち「ご飯を一緒に食べる」場面をスナップ写真で振り返ることだった。正直準備した資料には大学としての組織的な取り組みとするための問題点、不安材料、不満材料がなかったわけではない。でもそれ以上に、私には彼ら、彼女らと共有してきた濃密で輝かしい日々が胸の内に深く刻まれている。誰になんと言われようとも、日々行動に移し、感じてきたことは私たちの血となり骨となり肉になっている。
鈴木賢一さんからはジョークを交え「高橋さんは最後まで「やさしい美術」が「おいしい美術」であることを封印されたのですね。参りました。」とおっしゃった。特に鈴木さんはご自身でもプロジェクトを学生とともに実践されているので、共感された部分もあったと思う。
私の発表のあと、メンバーの天野が「コトバノツブ」「コトバノみくじ」の成果発表と卒業を機に搬出するため最後の報告を行った。天野が1年次に制作した作品で、帽子型のオブジェに天野が切り抜いてきた元気の出る言葉の断片を綴った紙筒を自由に持ち帰るという作品だ。丸3年補充を持続し、総計3000を越える紙片が病院利用者の手に渡ったというのだからおどろきだ。早川院長から「天野さんが良ければ、運営上の工夫をしてもう少し足助病院に作品を置いて下さい。」というサプライズの提案もあり、会場は拍手喝采。
17:30 予定を1時間オーバーしていたが、最初から最後まで報告会を傍聴していた学長より激励の言葉があり、活動報告会は閉会。
会場の片付けをメンバーとスタッフに任せ、評価委員全員プロジェクトルームにご案内する。
プロジェクトルームでは興奮冷めやらぬという状態。評価委員の方々から絶賛の言葉をいただく。本当に皆、よく頑張った。そしてありがとう。
19:00 評論文の評価について打ち合わせ、締め切り日を検討し、評価委員会解散。私は山本和弘さんをホテルまで送ることになった。お腹が空いたのでスタッフ佐々木が勧めてくれたもつ鍋を食べさせてくれる料理店に行く。
山本さんと真っ赤なもつ鍋をつつきながら、ざっくばらんにお話しする。
山本さんは現代美術の巨人ヨーゼフ・ボイスの研究者だ。ボイスの制作は「社会彫刻」といわれるようにアートの分野を越え、政治活動も行ったアーティストで一般的には難解とされる。山本さん自身も「ボイスは難解でよくわからないんです。」とおっしゃる。私のようなアーティストにわかりやすく山本さんは感覚的にボイスという人物について語った。
「ボイスは社会にある事物を一度熱でドロドロに溶かし、それで再度モデリングしようとした人なんです。」
ボイスとやさしい美術。山本さんの中で重なるところが多々あるのだという。そのきっかけはとても直感的で、肌合いとしか表現できないようなものかもしれない。
私は山本さんに出会えてとてもうれしかった。やさしい美術プロジェクトの活動はこれからも続く。その活動のゆくすえを見つめ、時には激励し、時には批判を浴びせてくれる、本当の意味で私たちを鍛えてくれる理解者を得ることができた。
23:00 山本さんをホテルに送り、感謝の気持ちを込めてかたい握手を交わした。

報告会後、評価委員会の方々と談笑