Nobuyuki Takahashi’s blog

瑠璃色の和舟発掘 境界のない世界

大島で暮らす入所者の皆さんからたくさんのお話を聞いた。その多くは同じ人間とは到底思えない扱いを受けたことの辛さ、情けなさ、怒りだった。でも海に出た時の話は違っていた。いきいきと語り、饒舌になるのだ。厳しい生活のためとはいえ、釣りや貝獲りのわくわくした感じ。箱眼鏡をくわえて銛でたこを突いた話。引潮時に漁に出て、満ち潮時にはぷかぷか浮いて海流に乗って帰ってきた話。今も大事に育てている盆栽の松は大島の岩場にあったものも多いが、近くの兜島へと舟を漕ぎ、素性のいい松を採ってきたというお話。
そう、海にまつわるお話は明るい話題が多いのだ。「海には境界がないからな。」とおっしゃる。大島内でも職員と患者のエリアは「有毒線」によって分け隔てられていた時代があった。官用船の船室も職員用と患者用が分けられていた。唯一海だけは、海にいる時だけは一切の分け隔てもなく、自由にいられたのだという。
入所者の皆さんから海の思い出を聞くと私の心も踊る。ぴちぴちとした新鮮な日々、陰のない光に満ちた空間をありありと想像できるのだ。
なんとはなしに舟小屋に和舟があるぞ、というお話を幾人かの入所者から伝え聞いていた。すでにご高齢のこともあり、舟で海に出る入所者はいない。舟小屋も荒れ放題だ。私のような者がたずねない限り、入所者の皆さんの頭から海は離れてしまっているように思う。だからこそ、私はこの瑠璃色の和舟、島内唯一遺る木造船を掘り起こし、明るみに出したかった。
掘り出す私の意識は昨年の解剖台引き上げと展示の時とそれほど変わらない。でも、この瑠璃色の和舟は多くの入所者に喜びを持って迎えられ、たくさんの記憶が想起されるのではと思う。
とても美しい舟だ。コールタールをよく吸い込んだ舟底が砂の中から現れた時はそのあまりにも艶かしい手触りに驚嘆した。「この舟、まだ生きてる。」そんな言葉が自然と口からこぼれた。